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41歳、特養施設長になって給料はいくらになった!?

市内の空室情報サイトを作成

グループホームの管理者となり、約5年が過ぎました。

 職員の入退職も落ち着き、利用者への介護も良くなってきました。各職員が介護の質を良くしようと頑張ってくれています。そうなってくると管理者の仕事も、一歩上の仕事が目指せるというものです。

 ある日、近隣のグループホームの管理者との交流会で「市内のグループホームの空室情報をリアルタイムで見れるようなシステムができないか?」という話がありました。介護業界ではデジタル化がほとんど進んでいません。ほとんどが手書きの書類ばかりです。ましてや空室情報も月に一度の管理者の連絡会議で更新されFAXでみんなに通達、という手法を取っていました。

 これでは更新が月に1回に限られ、リアルタイムの情報とは言えません。また、この情報は、本来は各ケアマネージャーさんやグループホームを必要とするお客さんに提供されてこそ有益となる情報です。

 この業界、パソコンが触れる人が、とても少ないんです。ましてやパソコンを活用できる人は限られています。

 私は自分のホームページを作って遊んでいたこともあり多少パソコン関係に明るいこともあり「携帯電話で空室情報が確認、編集できるサイトを作ることができる」と提案しました(当時はスマホなんてほとんど普及していなかった時期です)。

 携帯電話なら空室情報の更新もみんな出来そう。ケアマネさんやお客さんも、携帯電話ならその場で空室が確認できる。だからすぐに入所見学・契約につなげられる!ということで早速作ることにしました。

 おかげでFAXで空室情報をやり取りせずに済み、今まで区内の空室情報だけしか分からなかったのが市内の空室情報が一目でわかるようになりました。しかもリアルタイムで空室情報を流せるので、「早く入所できるグループホームを探している」と言われれば、すぐに案内できるようになりました。

認知症啓発の場「喫茶の日」

 区の地域福祉課の方と、介護保険や認知症の駆け込み寺のようなことをしようと施設の玄関先に「介護保険でお悩みの方はいつでもどうぞ」というイーゼルをたてて、施設に入りやすいように季節の花を飾ったり市の介護保険にまつわるパンフレットを置いたりしました。

 また、施設の1階フリースペースを利用して、前の施設で実施した「喫茶の日」を行うことにしました。これは一番最初に勤務したグループホームでもやったこと。それのもう少し大きいバージョンといったところでしょうか。地域の高齢者の憩いの場になればという想いと地域福祉課の人にもきてもらい、地域の方々へ介護保険情報を発信できる場になればという想いで実施しました。近隣のグループホームの管理者さんにもお手伝いいただきながら実施することになりました。

 近所の小学生に「認知症のひと」のことを理解してもらおうと紙芝居も作成しました。小さな子どもに分かりやすく面白くストーリーを考えるのは、ひと苦労でした。

 近所のグループホームの管理者さんたちと協力し、いろいろな新しいことにチャレンジし、仕事が楽しくなってきた矢先に新しい仕事が舞い込んできたのでした。

­特養の施設長、月給はおいくら!?

 そんな時、施設のオーナーから「特別養護老人ホームの施設長をやってくれないか」という話がありました。実はここのオーナーさん、特養の施設長もやっていて、このたび医師の免許を取るために学校に通うことになったので留守をよろしく、ということで私に白羽の矢が立ったのです。

本当に迷いました。前と似たようなシチュエーションです。施設が落ち着いてきて、色々とやろうと思った矢先に、また異動の話しです。

 でもね、次のひと言ですぐに気持ちが変わりました。「特養の施設長になってくれたら今の給料から10万円アップするわ」

「え!?ジュウマンエン!?マジですか!?」これは破格の昇給です。

 しかも特養の施設長なんて、絶対そこの法人の親族しかなられへんやろと思っていました。この機会を逃してしまえば30万円台の給料は見込めないでしょう。現在、月給が約25万円ですから税金やら保険やら引かれて月給は30万円前半程度は見込めます。

 妻子を養い、ささやかな贅沢もできるというものです。「やります!」私は二つ返事で特養の施設長への異動命令を受けました。

実際の給与明細が上記の写真です。交通費を差し引いて324,236円です。

41歳で、やっと、やっとの月給30万円突破です!

ここまで来るのに約10年の歳月がかかりました。

 しかしこの後、本当に恐ろしいことが待ち受けていることを、オカネに目がくらんでいたこの時の私は、知るよしもなかったのです。そう、お金に目がくらむとこんな苦しいことが待ち受けているのです。

恐ろしい看護師長との闘い

 人間、おカネに目がくらんで仕事を選ぶと大変なことになることを、皆さんは知っておくべきです。多少給料が安くても、仕事が楽しければ、それを選ぶべきです。

 おカネに目がくらんだ私は、せっかく楽しくなってきたグループホーム管理者の仕事を捨て、特養の施設長になりました。特養だけみればいいのだろうと思っていたら、地域包括支援センターやデイサービス、ヘルパーステーション、ケアハウスにグループホームと、敷地内にあるすべての施設の面倒を見るように仰せつかったのでした。そう、あの恐ろしい看護師の巣窟、診療所も含めて。

 施設長に赴任して早々、とある職員さんから早速相談を受けました。「緊急でショートステイを利用させたい利用者がいるが、看護師長が、承諾してくれない」というのです。どういうわけか、早速看護師長さんに伺うと「感染症のリスクがある」「介護の現場のマンパワーが不足していて受け入れはできない」と言います。まぁ、もっともなご意見です。が、「そもそも各部署のリーダーが集まって会議して決めたの!?」と伺うと、そうではない、と言います。え!?こんな大きな施設なのに、今までどうしてたの?と聞くと、基本、看護師長と相談して決定するのだそうです。「え!?施設長と相談とかしなかったんだぁ」と心の中でつぶやいてしましました。そうなんです。ここでは施設長さん、今まで現場にはなんにも関与せず、すべて看護師長に任せていたそうなんです。

 これで分かりましたね。ここでは看護師長さんが、一番の決定権保持者であり、一番の権力者。施設長は「お飾り」だったんですねぇ。しかも看護師長さんは、理事長さんと仲良し。そうです。私はとんでもないところに足を踏み入れてしまったのでした。

 そこから看護師長との闘いは、あらゆる場面で続くのでした。一番エゲツナイのは、私が看護師長に歯向かうと、介護職員をイジメるんです。挙句の果てには、夜勤前の申し送りのあと、しばらく大便が出ていない利用者さんに下剤を尋常じゃない量を飲ませる。

 これには私も頭にきて、当時、同じように看護師長に苦しめられていた副施設長と二人で、理事長に直談判をしたのでした。介護職員がイジメられていること、下剤のこと、何かにつけて緊急受け入れを断り、支援センターの意味をなしていないこと等々。

 理事長さんは真剣に聞いてくれ、「いっぺん看護師長に話してみるわ」と言ってくれました。しかし、結果はヒドイものでした。理事長さんと話した翌日から、イジメが増長。施設の運営も「私でないと運営できない」とか公言する。理事会もないのに突然組織図の変更の通達。診療所が独立組織となって理事長直下の組織になっていた。

 完全な敗北です。聞けば数年前にもこんなことがあったそうで、その時も看護師長の圧勝だったとか。どこかの市議会議員さんの紹介で、看護師長さんはここに来たそうだ。誰も頭があがるわけはない。「私は理事長に頼まれてここに来てやった」が口癖の看護師長だった。自分は一生懸命にやったつもりだったが、結局は部下たちの仕事がやりにくくなっただけでした。その後、私は体調を崩し、頭が割れそうな頭痛もちになり、親族が経営する保育園の事務員に飛ばされてしまった。

 その後、看護師長の権力は一層大きくなり、「私に歯向かう者は施設長であっても左遷することができる」と、豪語していたそうである。介護の現場も散々だったそうだが、今は落ち着いていることを祈るばかりである。

終わりに

 こうして、介護の世界での私の人生は幕を閉じた。おカネに目をくらませず、グループホームの管理者として楽しくやっていたところで踏みとどまっていれば、こんなことにはならなかったのだろう。

 カネに目がくらんで仕事を引き受けてはならない。楽しくできる仕事に出会ったなら決して手放さないこと。

 破格の給与提示があったときは、必ず裏があることを忘れずに!

それでは本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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